利他の心を持つことは、人のためではなく自分のために
なることだと思います。にんげん、どんな状況であろうが
条件であろうが、ボランテイアであろうが、寄付であろうが
依頼されたことであろうが、相手が自分より得することであろうが
事を起こした以上はすべて自分の意思で自分のなにかのために行動しているからです。
こうした考えになると、一生懸命やったのにとか、
世の中が認めてくれないとか、あの人は私の行動のおかげで成功したのに
感謝がないとかの気持がわかなくなります。また、他人や周りの評価も
気にならなくなります。恥ずかしながら半世紀以上も生きてやっとこうした
ことが、おぼろげながら気づけたような気がします。
だから、その人のために良かれと思ってやったことで裏切られるような
仕打ちを受けてもそれも頭にこなくなりました。
結果として自分が裏切られた行動をされた人にでも、なるだけ最善の
方法を考慮できるようになってきました。
こころで、攻撃しなくなったのです。しかし、こころだけでは
どうしようもならない場合もあります。その時は、こころを乱すことなく
淡々と第三者に裁判や調停をしてもらえばいいだけと割り切れるように
なりました。とにかく、自分の我をなるだけ捨てて、自分の行動はすべて
自分の意思で自分のためにやっているということに気づくことが
大切なことだと私は思います。こうした考えになれたことで
少しばかり自分の気持ちが、穏やかになれたようです。
自分を見失うのも、人に腹をたてるのも、世の中を恨むのも
人を攻撃するのも、それらがおきるのは己のことを中心にしか考えられないから
だと思います。そうならないためには、やはり感謝することなんでしょうね。